2015(平成27)年1月5日初稿/2016(平成28)年12月6日最終修正

1 会社は、会社の経営状況や従業員の会社への貢献度等を勘案し、賞与を支給することがある(or「ことができる」)。
2 前項の賞与を支給する場合の支給条件及び支給時期は、その都度役員会(or 経営会議など)で決定する。

 

 一時金訴訟

 2014年12月に青山学院で一時金訴訟とのニュースが報道されました。

 このニュースが出たとき、ネット記事のコメント欄には、「就業規則は(労働者の)過半数代表者の意見さえ聴けば変更可能なのに、何をモメてるの?」みたいに書き込んでた人もありました。

 それはその通り(労基法§90Ⅰ)なんだけど、労基法で求められる就業規則の作成・変更の手続きと、その変更が労働者に対抗できるかどうかは全く別の話しなのに・・・労働契約法はまだまだ知られてないなぁと感じました。

 

 事業主泣かせ?の労働契約法

第 9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

第10条  使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。(但書 略)

 この労働契約法§9・10は、秋北バス事件(最判S43.12.25)などの判例法が成文化されたものとされていて、既存の規定を不利益に変更させたい場合、9条による労働者の個別の同意が取れない時は、10条を頼りに就業規則を変更することになりますが、

今回の訴状では、報道を見る限り「経営状態の開示は不十分で、一方的な規定削除には労働契約法上の合理的な理由がない(=労働契約法10条に沿った就業規則改正とは認められない)」とのことのようです。

 

 支給月数等を規定することの弊害

 こうなると『そもそも支給月数等を規定しておいて良いのか?』と考えざるを得なくなります。

 そして例えば「2.0月分を支給する。」などと規定してしまっている場合においては

 業績が好調で、2.5月分支給する ⇒ 従業員側に不満はなく、問題にならない。

 業績が不調で、1.5月分の支給にとどめたい ⇒ (就業規則を変更する場合)§9により個別の同意が必要。同意無く変更する場合は§10の解釈をめぐる訴訟リスクあり。

となり、(経営寄りでも労働者寄りでもない)フラットな視点で考えてみても、やはり経営側に不利に見えるのです。

 

 このリスクを回避するためには、「賞与を支払うことは約束しない!!」もしくは「(約束まではするとしても)支給額はその都度決める!!」という形の規定にせざるを得ないのではないでしょうか。

 労働者側から見ると、そういうハッキリしないような、賞与が出るのか出ないのか分からないような規定を置かれる方が、かえって生活が不安定となり、不利益となると思ったりもしますが、労働契約法がこのように規定されている以上、訴訟リスクを回避するためにはやむを得ないように思われるのです。

 

 “明示的な承諾のない不利益変更” についての裁判例

 さて、そうは言っても、(経営側から見て)既に喉仏に骨が刺さったような規定が存在している場合で、経営状況の悪化等からやむを得ず、賞与の支給月数を減らしたいとか、賃金を引き下げたいなどの場合もあり得るのですが、どのように考えていけば良いでしょうか?

 明示的な承諾のない賃金減額の効力が争われた例においては、黙示の承諾の事実を認定するには、使用者が労働者に対し書面等による明示的な承諾を求めなかったことについての合理的な理由の存在等が求められると解すべきであって、労働者が減額後の賃金を受領し、会社に何ら抗議等をしていないとしても、本件賃金減額について事後的な追認がされたと認めることはできないとした主旨の判例があります(東京地判H23.5.17)。

 

 類似の事例においては、会社代表者からの説明に対して異論を述べなかったにとどまる場合において、労働者が本件の減額に同意したと認めることはできないとした主旨の判例もあります(大阪地判H26.8.28)。

 この判例においては、労働者は本件の減額に関して異論や苦情を伝えたことはなかったが、会社は小規模な企業であり、会社が決定した賃金減額に異論を述べれば、職場での軋轢が生じることは容易に想像することができ、これをおそれた労働者が、異論を述べずに済ませるという対応をとることも容易に予想されるとの考え方が示されています。

 

 また、実質的に賃金減額と解される「人事考課制」の導入に関し、このような賃金減額が有効であるためには労働者の明確な同意を要するところ、同制度導入の回覧文書への労働者の押印等が認められるが、当該回覧文書によっては賃金減額の具体的内容が明らかでないから、具体的賃金減額に同意していたと認められないとした主旨の判例もあります(東京地判H27.3.6)。

 

 さらに最近では、退職金の支給基準を不利益に変更する際の同意の有無について、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきとして、形式的な同意書面だけでは直ちに同意を認めず、この観点について判断していない原判決を破棄差戻しした最高裁判決も出てきました(最2小判H28.2.19-山梨県民信用組合事件)。

 

 以上を整理しますと、賃金減額等の不利益変更が認められるためには、当該不利益変更の具体的な内容について、資料等を用いて十分に説明(注:5W1H等をあわせて記録することが望ましいと思います)した上で、書面等による明示的な承諾を得ておくべきものと解されるように思われます。

 

 “承諾の得られない不利益変更” についての裁判例

 それでは、上記の “書面等による明示的な承諾を得ることが困難” な場合は、どのように考えていけば良いでしょうか?

 従業員の処遇制度を、従来の年功中心から職能中心に変えることとし、その際に賃金が減額する場合は、経過的にその差額の調整手当を支給することとした場合で、それらを就業規則へと規定してから6年経過後に調整手当を削減したことが、就業規則の不利益変更に当たるものと争われた事例において、

職能資格中心の制度は、我が国の人事・給与制度として通常採られていたもので、合理性のある仕組みであること、②調整手当は激変緩和措置として設けられたものであり、これを6年間継続し、さらに削減を3段階にわたって行ったことは、その運用において合理的なやり方と評価できること、③調整手当の削減分は、従業員の昇給・夏季手当・ベースアップの原資にしていること、④労働組合との団体交渉に会社は積極的に臨んでいること等が考慮され、調整手当の削減に合理性があるとして従業員側の請求を退けた主旨の判例があります(東京地判H24.3.19)。

 こういった対応がすなわち、冒頭の “労働契約法10条に定める諸条件” を満たすものと評価され得ると考えられますので、必要に応じてご参考いただければと思います。

 

 青山学院:教職員2割が提訴 「一方的に一時金減額」

 毎日新聞 2014年12月25日 07時30分

 学校法人「青山学院」(東京都渋谷区)の教職員285人が、一方的な一時金の規定廃止によって支給額を減額されたとして、学院を相手取り、規定との差額にあたる総額約5000万円の支払いを求める訴訟を東京地裁に起こしたことが分かった。原告には大学教授らも名を連ね、学院が設置する大学や高等部、中等部などの教職員全体の2割に達するという。

 訴状などによると、教職員の一時金は1953年以降、就業規則で定める規定に基づいた額が支給されていた。しかし学院側は2013年7月、「財務状況が非常に厳しい。取り崩し可能な資金にも余裕がない」などとして、規定の削除一時金の減額を教職員の組合に提案。その後、組合の合意を得ないまま就業規則から規定を削除した。2014年夏の一時金は、規定より0.4カ月分低い2.5カ月分にとどまった。

 学院側は教職員側に対し、少子化や学校間の競争激化を理由に挙げ、「手当の固定化は時代にそぐわない」などと主張。一方、教職員側は「経営状態の開示は不十分で、一方的な規定削除には労働契約法上の合理的な理由がない。学院と教職員が一体となって努力する態勢が作れない」などと訴えている。

 教職員側によると、14年冬の一時金支給も規定に基づいておらず、その差額も追加提訴する方針。原告の大学教授の1人は「このままでは経営側の好き放題を許すことになる。建設的な話し合いができる関係を再構築する必要があると考え、提訴した」と語った。

 学院は「コメントを差し控える」としている。【山本将克】