1 人事異動等を命じられた者又は退職する者(解雇される者を含む。)は、会社の指定する期日(指定がない場合は当該事業場における最終勤務の日)までに、会社に返還すべき物品及び書類等を返還するとともに、後任者等に対し業務の引継ぎを行わなければならない。

2 会社は、前項の引継ぎを完了しない者(引継ぎが不十分な場合を含む。)に対し、懲戒処分を行うことができる。
(また、退職する者にあっては、その退職金の一部又は全部を支給しないことができる。)

 

(退職関連のおまけ:賃金の支払日について定める条文に追加)
○ 第○項の規定にかかわらず、退職する者(解雇される者を含み、退職し、又は解雇された後も含む。)に対し、その最終勤務の日以降に支払う賃金については、会社において現金手渡しにより支払うこと(を原則)とする。

 

 有休を認めないことは、労基法上は(原則)不可

労働相談の定番とも言える論点で、引継ぎをきちんと終わらせてから辞めて欲しいと考える会社側と、退職が決まって『年次有給休暇(有休)を全部消化して辞めたい』と考える従業員さん側と、どこで折り合いをつけるかという問題です。

まずポイントとなるのは、会社として業務引継ぎをしてから辞めて欲しいと思っても、“請求された有休を認めないことは、労基法上は(原則)不可” となる点、言い換えれば、仮に従業員さんが引継ぎを行わない状況があったとしても、“それは労基法の上では(認めないことの)抗弁(≒言い訳)とはならない” という点です。

 

「我が社は有休を与えなくて良いと監督署からお墨付きをもらっている」
「我が社では月に2日までしか有休は取れない」
「短時間勤務のパートには有休が無い」
「退職が決定した人は有休を取れない」
「自分の代わりにシフトに入ってくれる人を自分で探してくれば有休を認める」etc・・・

労働相談の場では、オリジナリティー豊かな社内ルール(?)をお聞きしたことがありますが ^^; これらはいずれも(労基法の解釈において)認められるものではありません。

ここは業務に支障を生じないよう、いかに引継ぎを終えてもらってから有休を取ってもらうか、そしてその実効性をいかに担保するかに、主眼を切り替えていただいた方がよいのではと思います。

 

 業務引継ぎ義務と懲戒処分の規定化

就業規則では、まず従業員の業務引継ぎ義務を定めた上で、これに違反する者に対して懲戒処分を適用し得ることを明確に規定します。

この形の規定を作り、従業員さんに事前に十分に周知しておくことにより、引継ぎもせず退職前を全休しようとすることへの抑止力として機能させます。
(引継ぎに従わないことを「職務命令に対する違反」として整理(=懲戒等を適用)することも可能ですが、就業規則に明文化することで、より明確にしておく意味合いとなります。)

 

「有休を取るなとは言わないけれども、社員の義務として(退職するまでに)業務引継ぎだけはきちんと済ませてくれ」と命じるのは、至極正論な職務命令であって、万一これに従ってもらえない場合はペナルティとしての懲戒の発動を検討する流れとなりますが、

これを裏返して言えば、「業務引継ぎはきちんと行う従業員さん」、また「(後任の方などに)引継ぎを要する業務が無い従業員さん」については、“そこに業務引継ぎ義務違反(≒懲戒事由)が存在しない” ため、(時季変更権を行使できる場合を除いては)希望通り休んでいただくしかできないと思います。

 

もし『今は忙しいから有休を認めたくない』というような場合なら、それは業務引継ぎとは論点が異なりますので、『時季変更権の行使(または有休の買い取りや退職日の先延ばしが可能かどうかを検討することになると思います。

『忙しいから』という理由で有休取得を拒否できるなら、“ずっと忙しければ、有休もずっと拒否できる” こととなり、有休制度は砂上の楼閣となってしまいます。そこで基準法が唯一認めるのが “時季変更権” なわけです。

 

その時季変更権については、例えば就業規則で「退職は30日前までに申し出る」と決めてあっても、有休が何十日と残っている従業員さんの場合、「ある日突然に30日後の退職を申し出て、以降の出勤日全てに有休を請求する」ということも理論的には可能、

すなわち “時季変更権の発動により有休を変更させる先(勤務日)が存在しない場合は、時季変更権は行使できない(S49・1・11基収5554号)” というのが法解釈となります。

 

 懲戒処分の発動

さて(懲戒の話しに戻って)、実際に処分の発動が必要な場合においては、辞めていく人間に対し「けん責」などはあまり実効性が見込まれないため、やはり金銭的な処分である懲戒としての「減給」その他の適用を検討していく流れになると思われます。

ただし減給は、労基法§91により「減給1回の額は平均賃金の1日分の半額まで」「総額は1賃金支払期の賃金総額の1/10まで」が限界となりますので、抑止力としては少し弱まります。

 

当該従業員が業務引継ぎに特に非協力的で、業務への支障が著しい場合などにおいて、賃金支払いを要しない「出勤停止」が懲戒として規定されていれば、それを発動することにより有休の対象となる出勤日そのものを消滅させる形や、さらに上級の「懲戒解雇」を選択することも、理論的にはあり得ます。

冒頭で「有休を認めないことは、労基法上は(原則)不可」と書きましたが、それは出勤日や社員の身分が存在することが前提であって、出勤停止や懲戒解雇等により出勤日や社員の身分が消滅している場合は、理屈の上では有休が請求できないこととなり、“その懲戒処分が認められるか否か?” という労働契約法上(すなわち民事上)の議論へと移行してしまいます。

(減給処分についても、労基法は減給する場合の上限を定めているに過ぎませんので、“懲戒処分としての減給が認められるか否か?” という議論は、労働契約法上の議論となります。)

 

民事的な争いとなった場合は、容易には解決しない恐れもありますので、事業主さんも(その処分が相当かどうかの)慎重な判断が必要と思われますし、従業員さんも(そのような処分を下されないよう)業務引継ぎには協力的な姿勢で望まれるのが良いと思われます。

労働契約法 第15条(懲戒) 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

同第16条(解雇) 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

そのほか、退職金の一部(全部)不支給の規定も高い抑止力が期待されますが、そもそも退職金の適用がない従業員さん、また退職金の適用はあっても、それが(中退共や確定拠出年金など)会社から支給するものでない場合などに、規定が無力化するのが欠点です。

 

 悩ましい解決方法

最終的な解決方法としては、未消化となる有休を買い取る合意をして(=この取り扱いは労基法違反ではないとされます)、あるいは退職日を先延ばしして有休を消化する合意をして、引継ぎをしてもらうことを勧める相談回答例が一般的ですし、それでやむを得ない場合も多いと思うのですが、個人的な感覚としては、それが必ずしも最善の方策とは思われません。

それは、ただ声高に権利を主張して来る人の有休は(モメるのを避けるために)全て買取り、一方で有休を全て消化することなく、黙々と最後まで勤め上げてくれる人の有休は買い取らないといった場当たり的な対応をしていては、いくら有休は取得した者勝ちとは言え、そこに不公平が存在しているからです。

 

これについては、残された人間が無理をしてでも、買い取りしたという実績は作りたくない場合もあるかもしれません。その場合は、もし可能であれば「(有休は所定労働日にしか取得できないことから)休日に出勤を命じて、引継ぎ等をさせる」という奥の手はあります。
(この場合、休日出勤日に別途賃金支払いが必要となるのは、言うまでもありません。)

 

 有休の計画的付与

このように、退職時に有休を一気に消化されては会社の業務に支障が生じ兼ねないのであれば、会社の業務に比較的余裕がある時期、支障の無い時期における取得を積極的に促し、普段から一定程度消化しておいてもらうことも、一つの方向性ではないでしょうか?

今は “年次有休休暇の計画的付与” という制度もあって、既に多くの事業主さまが、お盆や年末年始などの休みにこの計画的付与を活用されていますし、「10日以上の有休のうち、5日の(使用者による)指定義務」というような労基法改正案も出されたりしていますので、遅かれ早かれ、この「計画的付与」に対応する必要が出てくるかもです。

なので、使用者による有休付与を、先を見据えてルール化することも、ご一考に値するのではないかと考えます。

 

 (退職関連のおまけ)リスク回避のウルトラC規定

今は賃金は振込みにより支払われることが多いと思いますが、これは労基則§7の2等により、労働者の同意を得た場合に振込みの方法を取ることが可能ということになっています。

ですので例えば、「最終勤務日以降に支払う賃金の支払い方」についてのみ、労基法§24の原則に立ち返り「通貨で、直接労働者に」支払うルールとすることも、リスク回避に寄与します。

これは、業務引継ぎをしないとか、会社が貸与した備品や被服を返さないとか、そういった従業員さんの発生を予防するために、また現実に発生した場合に備えるために、あくまで “退職者の出社を担保する1つの手段” として活用していただく方法となりますので、会社が(従業員さんが発生させた損害等を)一方的に控除して支払うなどは、法の主旨からは認められません。